学院の生活

施設案内

環境

国道1号線沿いの地下鉄都営浅草線高輪台駅を出て10メートルほどのところに、本学院の優美な門扉が開かれています。冷たく堅い塀はなく、高い樫の木の垣根が葉を茂らせているのがまず目をひくことでしょう。庭園風の中庭をかこむ校舎と、扇形に奥に広がっていく敷地内には、都心には珍しい静かな自然が息づき、港区保護樹林の指定を受けている樹々にかこまれた運動場では小鳥のさえずりを聞くことができます。

環境が精神上に大きな影響を及ぼすことは、改めて述べるまでもないことですが、重要なのは自然環境や物質的環境だけではありません。教職員はもちろん生徒がかもし出す雰囲気が、女子教育にふさわしいものでなければなりません。本学院では生徒に生来の美しさを損うことを戒めるなど身だしなみについても指導する一方、宗教的、道徳的、美的情操教育にも力を注いで、知育偏重にならないように心掛けています。

校庭からの坂道
校庭からの坂道

主要施設

ホワイトハウス エントランス
ホワイトハウス エントランス

全室冷暖房完備の普通教室のほか、特別教室には礼拝室・体育館(第1・第2)・図書館(蔵書約30,000冊)・音楽室(2)・物理室・化学室・礼法室・調理室・被服室・美術室・パソコン教室(2)等があります。また武道場・プール・グローリアホールがあります。グローリアホールは講堂で礼拝堂としても使われる多目的ホールです。
本校校舎すべてを対象に2007年から「耐震補強」及びリニューアルのための工事を進めています。古くから白金の地に建つ伝統と恵まれた自然環境を守りながら、常に安全で快適な教育施設の維持に最善を尽くしています。

安全対策について

運動場をかこむ樹々は港区保護樹林に指定されていて、生徒のいこいの場ともなっています。この森の片隅には、有名な建築家ライト氏の高弟の設計による記念堂があり、創立当時の縁(よすが)をしのぶ品が収められています。

主要施設
正門

A 正門

都営地下鉄浅草線「高輪台」駅A2出口のすぐ後ろ、交番を曲がれば優美な正門が見えます。

本館

B 本館

教員室のほか、最上階には高校生から利用できる食堂があります。

記念館

C 記念館

正門正面に構える瀟洒な建物です。受付や音楽室・礼拝室があります。

1号館

D 1号館

通常授業を行う校舎です。礼法室があります。

2号館

E 2号館

通常授業を行う校舎です。普通教室のほか物理室・化学室・被服室・調理室があります。耐震工事の際、最上階に武道場を整備しました。

3号館

F 3号館

通常授業を行う校舎です。普通教室のほか談話室・生徒会室があります。

プール

G プール

中庭に設置された屋外型のプールです。

グローリアホール

H グローリアホール

入学・卒業式のほか、礼拝堂としても使われる多目的ホールです。

グリーンヒルハウス

I グリーンヒルハウス

ICT関連の授業を行う校舎です。パソコン教室があります。

ホワイトハウス

J ホワイトハウス

図書館や視聴覚教室、創立者岡見家ゆかりの品を収蔵する資料展示室があります。

記念堂

K 記念堂

建築家フランク・ロイド・ライト氏に師事した岡見健彦氏の設計により建てられました。

体育館

L 体育館

上階を体育館として広く、下階はアリーナとした2層構造で校庭を広く確保しています。

グラウンド

M グラウンド

旧肥後宇土藩細川家の下屋敷庭園跡地にある池を埋め立て、設置されました。

テニスコート

N テニスコート

校庭とともに港区保護樹林に囲まれた緑豊かなテニスコートです。

頌栄山荘

頌栄山荘

清涼な空気と緑あふれた南志賀高原山田牧場(標高1500m)に、本校の教育施設「頌栄山荘」が初めてつくられたのは、1966(昭和41)年のことです。以来、冬はスキーに、夏はクラブ合宿や様々なキャンプに利用され、学院生活には欠かせない施設となりました。
2000年11月には旧山荘を建て替え、新しくスイスのマウンテンロッジ風に生まれ変わりました。
5月にはフレッシュメンのためのオリエンテーションキャンプが行われ、豊かな自然に包まれながら、人や神について学び、充実した学院生活に備えます。山の豊かな恵みである山菜が、味覚を楽しませてくれるのもこのシーズンです。
7、8月の夏休みにはクラブ合宿や様々な研修、キャンプが行われます。特に毎年この頌栄山荘をベースに行われる「ワークキャンプ」には大勢の生徒が参加し、充実したプログラムのもとに奉仕活動を実践し、貴重な体験を積み重ねています。「讃美と奉仕」を学院標語に掲げる本校らしいキャンプと言えます。

山荘ホール
山荘ホール
スキーキャンプ
スキーキャンプ

冬と春先にはスキーキャンプが行われます。雪質が良く、変化に富んだゲレンデで、初心者から上級者まで、スキー本来の楽しさを味わっています。
人工的な都会の生活と離れ、自然と密着した生活の醍醐味を味わうために建てられた山荘です。また規律ある集団生活の中で他者を思いやる心や、自分自身を抑制する強さを身につけていきます。一年の中で、実際に使う期間は長くなくても、東京の校舎と同じくらいたくさんの思い出と学びを生徒たちに与え続けています。

頌栄軽井沢学荘

頌栄軽井沢学荘

軽井沢学荘は、1978年のクリスマスの日に、9,990平方メートル(約3,000坪)の土地を購入し、1980年4月より建設が始まり、翌年の3月に完成した本校の教育施設です。
宿舎を含めた施設の主要部分となるセミナーハウスや、体育館、全天候型のテニスコート2面が広い敷地内につくられました。
冬季には上級者のスキー合宿や英会話研修、春期、夏期には山荘と同じようにオリエンテーションキャンプや各種スポーツと勉学の合宿に使われます。
土を踏むことなく通学する都会の生徒たちに、自然と直にふれあう機会を与えています。
軽井沢は頌栄の歴史にとっても、非常に縁の深い土地です。1889(明治22)年夏、頌栄の英語教員で、婦人宣教師でもあったMiss C.T.Alexanderが、軽井沢の自分の別荘において、頌栄の生徒20数名のために林間学校を開きました。これが「日本で最初の林間学校」と言われています。

頌栄軽井沢学荘
頌栄軽井沢学荘

また、頌栄の第二代校長、木村熊二は14年間の米国留学から帰国後、官、政、財界からの要請を断わり、牧師となって伝導の道に入りました。そして、軽井沢からはすぐ近い小諸の地において、島崎藤村の協力を得、「小諸義塾」を開きました。懐古園内にある記念館の中には今でも創立当時の頌栄女学校の写真や、教育に携わった岡見家の系図などが展示されています。
木村熊二は教育と伝導に情熱を注ぐ一方、村民たちに桃の栽培や、缶詰工場の技術開発を指導し、小諸の発展に大きく寄与しました。また、外国人の宣教師たちに避暑地としての軽井沢を紹介した最初の日本人で、軽井沢が今日避暑地として発展した端緒を開いた人でもあります。

頌栄軽井沢学荘